井戸端カフェテラス

趣味とネタにまみれた思うままを描いていきます。溢れろアイデア、湧き出せ煩悩

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ウルトラとは超越の意である

またしても遅くなった・・・。

 

はい、今回は

ウルトラQ』が怪獣ものになった経緯

から

ウルトラ怪獣の“本質”

をひも解いてみるよ。

 前回ウルトラQ

当初は怪獣ものではなく

オカルト・サスペンス系のSFとして

構想されていた

ということを話したね。

 

ウルトラQの企画段階でのタイトルは

『UNBALANCE』。

この名前には次のような意味が込められている。

「私たちの世界は

自然界の調和とバランスによって支えられている。

そして私たちは

そのバランスが絶対に狂わないと信じて暮らしている。

しかし

実際はそれが狂う確率が何百万、何億分の一である

という話でしかない。

もしも、その小さな可能性が、ある日突然現実になったら?」

 

これはウルトラQの企画所からの抜粋要約だが、

要するに

「私たちの日常が崩壊し、

非日常的現象が発生することの

恐ろしさ、面白さ」

を描くことが

作品の目的、骨子であった訳だ。

 

つまり円谷プロが作りたかったのは

いわば和製『アウター・リミッツ』『トワイライトゾーン』であり、

そこでいう「非日常的な恐怖」とは

幽霊や宇宙人といったオカルト

科学や人の心の負の側面

といった超自然的・超人間的エージェント(※媒体)だったのだ。

 

でもはっきり言って

当時の日本では

そんな番組が成功する訳が無い。

って放送局である

TBS側は少なからず思ったのね。

 

だから円谷の「売り」であり

代名詞である怪獣を前面に押し出すように

円谷側に提言した。

 

こうして『ウルトラQ』が誕生し、

そして、

本来なら人間、あるいはオカルトな存在が起こすはずだった

怪奇現象は、全部怪獣のせいでウィス!

ということになったんだ。

 

ゴジラを始めとするそれまでの怪獣と

ウルトラ怪獣の違いはこれに起因している。

 

当時以前の怪獣のというキャラクターは

前にも言ったように

人類の敵であり、忌避すべきもの

そして

最後には(どんな形でも)打倒されるもの

として描かれていた。

 

極端に言ってしまえば

節分の鬼と同じ“仮想の外敵”だった。

 

でもウルトラ怪獣に与えられた役割は

私たち人間の

「善悪」や「生命」などの大きな観念や、

感情や思想といった心のはたらき

を表現すること。

つまりウルトラ怪獣

 

私たちの日常の“外側”にいながらも

私たちの“内側”をあらわしている

 

そういう存在なのだ。

 

別にゴジラモスラ

そういった要素が無い訳じゃない。

 

ただウルトラ怪獣

最初から「人間のこころ」を表現するエージェントとして

ある種の問題を提起し、我々に考察させる

メッセンジャーとして創造されていた

ということだ。

 

これでようやく今日に至るまでの

日本的な「怪獣」の基本的な定義が

完成したと言っていいと思う。

 

まぁ、怪獣のイメージの形成については

もうひとつ重要な話があるんだが

それはまたの機会に

 

 今回はここまで!

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